2018年09月28日

日本におけるINCOSEのいうシステムズエンジニアリング教育のはじまり

8th International Systems & Concurrent Engineering for Space Applications Conference 
(SECESA 2018) に参加して、ImPACT関係で発表をしました。
白坂のシステムズエンジニアリング の歴史をたどると2000年になります。
2000年5月に今でいうところのエアバス(当時はダイムラークライスラーエアロスペース:DASA)に三菱電機から交換エンジニアとして派遣されました。そこで出会ったのが、当時の先端のシステムズエンジニアリング でした。現在はAirbus Defense and Spaceのデジタルトランスフォーメーション担当のVise PresidentをしているRal Hartmann氏からINCOSEを紹介され、夏には初めてINCOSEのInternational Symposiumに参加しました。1000人を超える参加者の中、日本人は一人。しかもINCOSEの会員としても日本人は1名(日本人としては2人目)でした。
Airbusでやっていたのは、いまでいうMBSE。当時はMBSEという言葉が一般的でなかったので、INCOSEでもまだ使われていませんでした。Airbusでは、Model based Develpment and Verification Environment (MDVE)と呼んでいました。MDVEの初期のアイデアはあったが、ライフサイクルを通じた要求を明確にするということを一緒にさせてもらいました。その活動の傍、INCOSEのSEハンドブックやSE標準を自分で勉強して、理解すること、自分がこれまでやってきたことを振り返ることをやりました。
今回の学会では、Ralf Hartmann氏にも会え、Sysmlを作り、改定にもかかわっているHarald Eisenmanにもあえ、さらに欧州宇宙機関ESAのConcurrent Design Facility (CDF)を作ったMassimo Bandecchi氏にもあえました。懐かしい。
JPLのConcept Design Methods ChiefのKelley Caseさんがセッションチェアだったので、名前を覚えてもらったのも大きかったですね。それだけでも来たかいがあります。
いまはMBSEという言葉が普通に議論されるところまできましたが、当時からすでに18年。新しいアプローチが本当に価値をもたらすようになるには時間がかかりますね。
確かに、2000年にINCOSEにいき、狼先生に紹介し、2004年から慶應の理工学部でSEを教え始め、その時の受講生がJAXAのSEプロセスをつくり、2008年にSDMができ、必修科目でSEを教える大学院ができたことを考えると、着実に進んでいるというのは確かだと思います。とはいえ、「MBDとMBSEは同じではない」というところから説明しないといけないのが世の中の状態なので、引き続き布教活動も必要ですね。
posted by しらぴー at 00:11| Comment(0) | その他
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